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怪文書置き場

JNコンフィデンシャル 2/14

2 [小立 俊弘]

「はい?」

 暢気な声とともに小綺麗なマンションの一室の扉が開いた。その瞬間、花山がおれの背中から飛び出してその男へブラックジャック――花山がおれを襲ったときにも使った武器で、二重にした靴下にナットをぎっしり詰めている――を振り下ろした。肉を叩く鈍い音とくぐもったうめき声。花山は男を部屋の中へ突き飛ばした。目撃者がいないことを確認しながらおれは二人に続いて部屋に滑り込み、ドアをロックしてチェーンをかけた。

 野暮ったい眼鏡を外し、花山にならって目出し帽を被った。もちろんマンションのカメラには顔を撮られている。だが警察を介入させるつもりはないし、目的は顔を隠すことそのものでなく、尋問相手にプレッシャーを与えるためだ。その効果はつい数日前、おれ自身が体験している。

 ドアの郵便受けを漁る。公共料金の明細。請求書。全て「泉 哲朗」宛。標的の人物で間違いなかった。

 泉は二番目の標的だ、と花山は言っていた。花山の情報源によると、泉は盗撮者となんらかの繋がりがあるらしい。もちろん一番目の標的はおれだ。おれもあの居酒屋に居合わせていた、食事券のことも断片的に聞いていた――花山は悪びれもせずそう言った。

 花山は泉に猿ぐつわをかませて椅子に縛り上げていた。見事な手際だった。泉は脂汗をかいてきょろきょろしながら何事か声を上げようとしていた。花山は無言のまま、二度三度とブラックジャックを泉の背中に、胸に叩きつけた。そのたびに泉は猿ぐつわの下で叫び、唾を垂らしながら唯一自由のきく頭だけで激しく暴れた。

「泉哲朗だな」

 泉が暴れ疲れたのを見計らって、花山が切り出した。

「警察には話すな。話したら、お前の本名、住所、大学名その他もろもろをν速とゲハと鬼女とロブ速に晒す。今までさんざんお前が馬鹿にしてきたやつら全員をお前とお前の大学、お前の親族のところに招待してやる。それが嫌なら質問に答えろ」

 泉は目を見開いた。なにかと心当たりがあるのだろう。おれ自身も自分の手で泉を痛めつけ、破滅させたいという誘惑を感じていた。

「この記事のことだ。情報源を吐け」

 花山がおれにやったときと同じように、プリントアウトを泉に突きつけていた。おれは暴力的な衝動をごまかしたくて、部屋を見回した。壁はゲームとアニメのポスター、棚と床は漫画、映像ソフト、フィギュアで埋め尽くされている。PCやテレビ、家電の類は高級品が目立つ。金には不自由していないように見えた。たぶん、アフィリエイトの儲けで。

 泉は、捏造と偏向的な記事で中立を装いながら対立を煽るブログ「けいオタ!」の管理人だった。花山の脅しが通じるということは、泉自身も自分が煽り立てた憎悪を自覚しているようだった。

「このウィークリー音雨の記事、最初に大きく取り上げたのはお前だな。リークしたのは誰だ。誰が情報源だ」

 質問が泉の頭に浸透するわずかな間をおいて、花山は再びブラックジャックを叩きつけた。猿ぐつわはそのままだ。花山の質問は情報を得るためでなく、ただ屈服させるためだけのものだった。

 花山は泉の髪を掴んで自分に向き合わせた。泉の反応がさらに弱まったのを確認し、猿ぐつわを取って命令した。

「話せ。誰が情報源だ」