JNコンフィデンシャル 5/14
5[小立 俊弘]
泉の襲撃から数日後。おれ、花山、泉はまた泉のマンションに集合した。呼び出した花山は、今後の作戦会議だと言った。
「犯人像はあるのか?」
泉が聞いた。
「そうだな。まず言えるのは、そいつはオービットのファンでもアンチでもないだろう」
「なぜそう言える?」
「文章を読む限り、個人的な執着が見えない。隠して冷静を装っているようにも見えない」
それは自分も感じていた。
「なるほどね。それで?」
「個人的な執着じゃない、つまり何らかの実利的な面からやっている、と思う」
「実利的?」
「ああ。スキャンダルから経済的な利益を得られるとかな。一番わかりやすい動機は」
「つまり?」
「彼女たちの商売敵。同業他社だ」
「オービットのファンを横取りすると?」
花山の推理を追いかけて質問を重ねながら、泉が静かにため息をつくのが分かった。つきあってられない、ということだろう。それに気付いてか気付いていないのか、花山が続けた。
「まあ、一番分かりやすいのがそれだ。あとは……スキャンダルを起こすこと自体が目的で、オービットである必要はない、とかな」
「どういうことだ?」
「例えば、フリーの記者だ。反響の大きそうなスキャンダルを押さえて、それを高値で売る」
「もう公開しちまってるぞ」
「もっといい売り物があるのかも。あるいは、あのブログ自体が既に契約の範囲なのかも」
「なら同業他社と同じじゃないか」
「ちがうな。おれの目的はあくまで下手人、盗撮した人間だけだ」
「なに?」
聞きかえした泉を、花山は目を細めて見返した。
「組織を相手にはできない。あくまで行為に対する報復だ。どのような立場、理由だろうが、彼女たちを傷つけた奴は許さない」
「指図した奴らが無事なら、この次があるかもしれないぞ」
「そうかもしれない。だが、おれはまずできることをやる。次があったら……そのときは指示した奴も標的にするかもな。下手人だけじゃなく」
誰ともなくため息が漏れた。報復。シンプルな考えだが、報復を重ねたその先の荒涼とした風景を思い浮かべずにはいられなかった。
「なあ、なぜそこまでやるんだ?」
泉が、おれも抱いていた疑問をぶつけた。
「オービットのファンだからだ」
「それは分かってる。それだけじゃないだろ」
「ファンだから、で十分だろ。おれはオービットの活躍が見たい。ステージが見たい。彩陽の歌が、演技が聴きたい。このエゴを邪魔する奴には容赦しない」
「そうかよ。でもお前、今まで声優とかアイドルを好きになったことないのか? オービットが初めてなのか?」
「なぜ初めてかどうかが関係ある?」
「なぜって、スキャンダルってものは今も昔もあっただろ。まさか今までずっと、どこかスキャンダルが起きたところに飛んでいっては怪しい奴を片っ端から締め上げてきたわけじゃないよな?」
「そうだな。今までは、こういうことが起きてもおれはなにもしなかった。ただ見ていただけだ。結局のところ、おれはここまでしたくなるほどオービットが好きだと言うことかも知れない」
そう言ったあと、花山ははたと気付いた風に付け足した。
「ああ、やっぱり『ファンだから』で十分じゃないか」
一瞬、花山の努めて無感動を装う仏頂面の奥に怒りや焦りや憎しみでない、おだやかな感情が見えた気がした。
「楽しみだな、次のライブ」
口を挟むつもりはなかったのに、思わず言葉が漏れていた。言ってしまったあとに場違いな気がしたが、続く沈黙には意外なほど共感がこもっているように思えた。オービットの活動が楽しみだという点は、この三人でも共有できる。そう思った。
「どこの誰かか知らないけど、どうしてこんなことするんだろうな」
不思議と怒りも憎しみもなく、ただ悲しさから、誰ともなく宙へ問いかけた。
「スキャンダルに『価値』があるからだ」
そう断じた花山の瞳が暗く燃えていた。
「おれたちが、写真一枚、動画一つで慌てふためくからだ。信仰が弱く、己の幻想に簡単に踊らされるからだ。だから、スキャンダルに『価値』が生まれる」
「でも都合のいいユメを見せてカネを儲けているのは向こうだぜ?」
「彼女たちが創るものには相応の価値があるんだ。だから買う、それだけだ。当然だろ。お前はあの値段で幻想まで買っているつもりなのか? それで買った幻想が気にくわないと騒ぐのか?」
花山は激情を押さえ込むように長く息を吐いた。
「おれたちは、自分が払った以上のものを求めているんだ。だから今回のように誰かにつけ込まれる。そしてそのツケを払わされるのは、彼女たちなんだ。おれたちが払ったと思っている分なんて、彼女たちに比べればないも同然だ」
花山が身を乗り出した。
「おれたちは、彼女たちにあまりの多くの犠牲を強いている。そう思ったことはないか?」
花山の言葉に、おれも泉も答えられなかった。
もしおれたちが……オービットのファン全員が、勝手な幻想に浸る人間じゃなかったら。歪んだ幻想を押しつけながら『幻想を買っている』と言って、それが否定されると恥ずかしげもなくその次を要求するような人間じゃなかったら。だとしたら、犯人もこんな事件を起こす気にならなかったかもしれない。人間がいる限り悪意というものはどうしてもある。だからどんな世界でも有名人のプライベートを晒す人間はいるかもしれない。しかし、だとしても、それで裏切られたと追い打ちをかけるような馬鹿の数は、きっと今よりずっと少ないのではないだろうか。
「おれたちにオービットオタク全員の責任があるのか? おれたちは、マトモなほう、マシなほうだろ?」
「違うんだ。おれたちもあいつらなんだ。あいつらも、おれたちなんだ。他人事にはできないんだよ、これは。誰かが正義を示さなきゃ。このことに気付いたやつがやらなきゃいけないだろ。もしおれたちがマトモだとするなら、やるのはおれたちだ」
花山が椅子からゆっくりと立ち上がった。
「変わる必要があるんだよ」
見下ろす花山の視線に耐えられなくなり、おれは俯いた。
重たい沈黙を破って振動音が響いた。花山の携帯だった。
――ええ。今そいつの家にいます。三人で。一人はおれが。いや、こちらは進展なしです。じゃあそちらはおれに任してください。
花山は手で口を覆ってしゃべっていた。通話は1分ほどで終わった。
「次の作戦が決まった」
花山が告げた。
「泉にリークした奴が次に現れる場所が分かった。そいつを尾行して情報収集する。行動パターンが分かったら、安全なタイミングで襲って尋問する」
泉のときと違って下準備からってわけだ、と続けた。
「こんなこと、いつまで続けるつもりだ?」
「犯人に行き着くまで。犯人に償わせるまでだ」
花山の表情から一切の迷い、他人を必要とする気配が消え、代わりに破裂寸前まで圧力を上げた激情とそのぶつけ先を見定める冷徹さが浮かんでいた。そのただならぬ雰囲気に、おれも泉も慌てた。
「待て、待てよ」
「おれの時も、犯人に償わせるって言ってたなかったか? それはどういう意味なんだ?」
「決まってる。そいつを殺す」
予想はしていたが、聞きたくない言葉だった。本当に犯人を見つけられるのか、殺せるのか疑問だったが、花山が本気なのは確信を持てた。
「彼女たちの心痛が下衆の命一つで釣り合うなんて思っちゃいないが、犯人が今でも息をしているのは我慢ならない。犯人は、見つけて殺す」
泉も言葉を失っていた。
「ああ、お前らは今の聞かなかったことにしてもいいぞ。手を下すのはおれだ。おれがもし捕まっても、まさか殺すなんて思わなかった、とでも証言すればいい」
今日はここまでだ、作戦の詳細はあとでメールする。そういいながら花山はおれたちに背を向け、ドアの前までいったところで振り返った。
「だけど忘れるなよ。これは、おれたちの……お前の人生の問題だ」
花山の言葉に、一瞬、適切な単語を探すような間があった。
「忠誠を示せ。おれたちにはその義務がある」