JNコンフィデンシャル 10/14
第二章 NOIRISH x HATE x WORLD
10[泉 哲朗]
帰宅/リビングに入る。灯りをつけようと、暗闇の中壁に手を伸ばし――瞬間、部屋の灯りが点いた。不意打ち――パニックに陥る/掌で光を遮る/手を振り回す。
「元気にしていたか」
含み笑いを隠さずに拝島が言った。
「脅かすなよ。久しぶりだな。どうしたんだ、急に」
「お前がなにかやっかいなことに巻き込まれてるみたいだったんでな」
全部お見通しというわけか――いつからだったか、拝島が関わることについては恐怖を感じなくなっていた。拝島がすること、見せることの異常さは変わらない。ただおれの感覚が麻痺しているだけだった。交通事故でめちゃくちゃに壊れた車を見たとき、外国で起きている虐殺を聞いたときのような感慨があるだけだった。
「知人が殺された。明らかに他殺だ」
「どんなやつだ?」
「一言でいえばキチガイ、二言でいえば正義漢面した狂信者だ」
はは、と拝島は笑った。それに合わせて笑おうとした。できなかった。
「キチガイ、狂信者ってのは幸せだな。きっとそいつも殉死だろう」
壁に寄りかかっていた拝島が部屋の奥へ歩き出した。
「殉じたつもりで犬死にだろ」
「そうだな。でも、犬死に以外なにができる?」
おれは答えられなかった。その代わりに拝島の背中を追った。
「どうやっても犬死になら、なにかのために死んだ方が……なにかのために死んだ「つもり」になれた方が幸せだろう?」
拝島が振り返った。寛容と拒絶を同時に思わせる穏やかな笑顔。
そうだ、と今しがた思い出したかのようにファイルを渡される。落ちていく/落下の感覚。収束点/結論が見えてくる。拝島の背中を通して。
「お前らが探していたのはこいつじゃないか?」
数枚の書類――顔写真/名前/住所/経歴/行動範囲=およそ必要な情報がひと揃い。概要:三十四歳/男/フリーの記者。専門領域:尾行/覗き/盗撮。仕事の履歴:中村事務所/その上階の探偵事務所との繋がり。前回の仕事:半年前=下準備を考慮しても、尾行も盗撮も十分可能。状況証拠のみだが、このファイル一つでほぼ確定――つまり、犯人はこの男。
なぜ、という疑問は形にならない。ただ条件が整ったという感覚があった。今もどこかで虐殺があるように。虐殺を起こす力が働くように。
おれは落ちていく。