JNコンフィデンシャル 11/14
11[橘 創]
事務所は騒然としている――うすら馬鹿の奥で、また高木が拝島と話していた。
「ああ、元はイチエフで高線量作業員をやってた――津波で死んだ人間の戸籍を使い回して――それがピンハネしてたヤクザを刺して逃げ出してきたのを見つけた――話を聞いて身元を調べたら、どうも警察庁の公安系のお偉いさんの隠し子らしい――母親は拘留してた在日二世の女で――匿ったのはそのお偉いさんを強請る材料に――」
話し声は聞こえない――
警告音が鳴り止まない。ここは危険だ。今すぐここを離れろ。
内容は理解できない――
「オービットって連中に執着する理由はよく分からない――ただ「おれの秘密を知っているのは美菜子一人だ」と言っていた――よく話を聞くと、美菜子っていうのは母親のことらしい――」
意味のない会話――
「母親が死んでからは警察官をやっていたらしい――ああ、母親の国籍は隠して――父親を探し出して頼んだんだろう――地方の制服警官にねじ込んでもらったんだ――」
その場から立ち去ろうとする――高木に呼び止められた。
居場所はない。ここは安全でない――
「よくやった。お前の希望通り、若い娘を回してやろう」
あの女を貶めろ――
高木のにやにや笑い――
警告音が鳴り止まない。ここは危険だ。今すぐここを離れろ。
拝島が笑う。
「橘さん、あなた、昔、宮城のR町に住んでましたよね」
子供が子供を襲う――笑いながらつつき回し、引き倒し、殴り、蹴る。
「私もあのあたりに住んでたことがあるんですよ」
虐げられたものは視界に入らない――虐げる側だけを見つめる――
「ねえ、あなたと私、どこかで会ってませんかね?」
警告音が鳴り止まない。ここは危険だ。今すぐここを離れろ。
事務所を飛び出した――
走る。金曜の夜の人混みにぶつかり、あやまり、ただ走る――
居場所はない。ここは安全でない――
雑踏/雑音から統制された声に――気付けばその声の方へ足が進んでいた――柵と人混みにぶつかった。
日の丸が踊る。シュプレヒコールが上がる。日本人を守れ。反日外国人は日本から出て行け。犯罪者を逮捕しろ。犯罪者を射殺しろ。犯罪者を生きたまま拘置所にたたき込め。
足が動かなくなっていた。
居場所はない。ここは安全でない――
ゆっくりと後ずさろうとする。肩に手が置かれた。
警告音が鳴り止まない。ここは危険だ。今すぐここを離れろ。
「この力、見覚えあるでしょう」
拝島だった。
子供が子供を襲う――笑いながらつつき回し、引き倒し、殴り、蹴る。
あの女を貶めろ――
あの女の口をふさげ。引き倒せ。闇に葬れ。
逃げ出した。
安全な場所はどこにもない。
事務所にとって返した――2F、中村プロダクション。誰もいない――さっきまで関係者で雑然としていたはずが――
「あなたのお父さんは立派な人よ」
腐りかけた机が一つ、腐りかけた椅子が一つ――
「あなたはお父さんの息子よ。お父さんの血を引いているのよ」
気付けば、そこは廃墟だった。
あの女を貶めろ――
机の上に黒猫がいる――
あの女の口をふさげ。引き倒せ。闇に葬れ。
あずさはいない。美菜子に手は届かない――
廃墟の静寂の中で、心が澄んだ。
「あなたのお父さんは立派な人よ」
本当だろうか? 己の出自を呪う子供へ、自分に自信を持てるようにと願った母親の、優しい嘘――母親自身に対しても――優しいおとぎ話だったのかもしれない。
誰かになりたい。誰かに。誰でもいい。おれでさえなければ。
そう思うと、母の――美菜子の愛が身体に流れている気がした。
おれだけは絶対に嫌だ。
事務所のドアが開いて、スーツを派手に着崩した連中が入ってきた。
安全な場所はどこにもない。
読経ニュース 十一月二十五日
二十五日午後一時四十分ごろ、東京都渋谷区の雑居ビル街裏手のごみ収集箱に男性の遺体が遺棄されていると通報があった。
警視庁によると、男性は両腕がノコギリのような刃物で切断されているほか、口蓋の損傷が激しく、何者かが身元確認を妨害する目的で遺体を損壊したとして、殺人・死体遺棄事件として捜査を進めている。