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怪文書置き場

JNコンフィデンシャル 12/14

12[泉 哲朗]

 小立を呼び出した。なんてことのないファミレス。大仕事の前に腹ごしらえをしたかった。

「こいつを見てくれ」

 席につくなり布施からもらったファイルを押しつけた。小立が中身に目を通す/みるみる顔色を変える。それを眺めながらオーダーする――ステーキセット、追加でグラタン、デザートにケーキ。

「犯人はこいつってことか。どうやってたどり着いた? こんな情報、どこで手に入れたんだ」

「昔なじみの推理だ。資料もそいつがくれた」

 信じられないという表情――当然か。

「それで、どうするつもりなんだ」

 ステーキを噛みちぎりながら答える。平然と嘘をつく。

「こいつにつきまとってみる。物証を得られれば、警察と音雨に渡す」

 小立は目に見えて安心していた。おれは笑った。

「お前ももっと食え。おごってやる」

 

「もうやる気をなくしてるかと思ったよ」

 おれが追加した二つ目のケーキを食うのを見ながら、小立が言った。

「やる気なんて元からねえよ」

 やるきはない。。ただ条件が整っているだけだ。小立はそうかい、と答えた。

「やっぱりこれ、渡しておくよ」

 チケット=オービットのツアー――まだ持っていたようだった。

「そうだな、気が向いたら使わせてもらおう」

 小立の手からチケットを2枚抜いた。小立は一瞬ぽかんとして、それから少し寂しげに笑った。

 

「正しいのはあいつだったんじゃないのか?」

 小立の声がリフレインしている。

 小立と別れ、おれはやつの帰宅ルートの物陰に隠れた――必要な情報は全てファイルの中に揃っている。

 また待ち伏せ――この前とはまるで違う感覚=「やつは来る」という確信。

 缶コーヒーの空き缶が増える――二本/三本。二時間が経過――来た。ファイルの写真通りの顔/背格好。ぎりぎりまで引きつけ、物陰から出てやつの前に姿を晒した。

「あんたに聞きたいことがある」

 言いながらナイフを取り出す/やつに向ける。

 やつ=ためらわず反転/全力疾走。おれも追いかける。一瞬後悔した――花山のように、相手の家で襲撃する/まず殴ってから聞くほうがよかったか?

 やつの足は遅い――百メートルも走らず追いついた。

「待て!」

 ナイフを持っていない左手で背広の肩を掴み、引き留める。激しい抵抗――たまらず手を離す。

「くそっ、橘をやったやつか!?」

 やつも罵りながら懐から小型のナイフを抜いた。『橘』――思い当たる人間はいない。だがナイフを持ち歩くほど警戒している――まさか、花山の件も関係あるのか――いや、恨みを買いやすい立場として当然の準備か。思考が拡散する/背筋に怖気が走る/腕が震える。

 とにかく安全な距離を置こうと判断するまで、一秒か二秒――それが遅かった。やつがナイフを構えて踏み込む――避けきれない。脇腹を刺された。力が抜ける――それを振り絞って、こちらもナイフを刺し返す。浅い――肩の筋肉に阻まれていた。突き飛ばされる――左手を伸ばす/やつの首元を掴んで道連れに倒れ込んだ。

「うわあああ」

 やつが叫びながらナイフを引き抜き、おれの脇腹にもう一度刺す。おれは痛みに絶叫しながら、逃げようとするやつを離さない。右手のナイフは倒されたときに落としていた。地面を必死に探る――こぶしくらいの石を取り、やつの頭に叩きつける。耳障りな悲鳴を上げて暴れる。やつの体重が抜けた――横倒しに押し倒した。とっさにやつの首に両手を回す――全力で締めあげる。またやつがナイフを引き抜き、刺す。だが深くはない――だが、二度、三度と刺される。

 死ね。早く死ね。ひたすらそう祈りながら首を絞め、締めあげ、締め続け、気付くとやつは完全に事切れていた。

 おれは首を絞めていた手を離し、地面に倒れた。あたりは血まみれになっていた。自分の心臓が動くたび、腹中の傷から血が噴き出すのが分かった。明らかに致命傷。やつを殺すまで持っただけで奇跡に思えた。

 視界が暗くなっていく。脱力感に身を任せていると、どこからかバンドの音、歌声が聞こえてきた。ずっと遠くのはずの駅のホーム、川原の道がやけにはっきりと見える気がした。天使が降りてくる。

 突然、地面で惨めに倒れていることがひどく恐ろしく思えた。誰か――天使でない誰かに祈った。どうかおれを隠してください。天使が降りようともしないところ、天使の目にも触れない、どこか暗い場所へ。

 

 読経ニュース十二月二日

二日午後十一時ごろ、埼玉県秩父市の山林で男性の遺体を近隣の住人が発見、通報した。秩父署によると、遺体は二十代、身長百八十センチ程度、所持品から東京都在住の泉哲朗さん(二十)と見られる。多数の刺傷・裂傷があり、殺人・死体遺棄事件と見て捜査している。