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怪文書置き場

JNコンフィデンシャル 13/14

13[小立 俊弘]

 泉も死んだ。たぶん、犯人を道連れにして。おれにはなにも言わずに。

 一週間経ったが、おれは部屋から出る気力もなかった。大学にも行ってない。

 花山の苛烈な言葉を思い出す。『例えば今お前が留年してても、大学に落ちていても、何百万も借金してても、なにかの病気で死にかけていても、親にぶん殴られながらでも言えるか。『カレシと行ってもいい』だなんて』花山はそう決めつけてくれたが、借金ならあった。大学に入る直前のことだった。親父が過労で倒れ、そのままくたばった。家に貯金はあったが、結局俺は奨学金を借りて大学に通うことにした。卒業するころには二百万ほど借りる計算だった。

 そういえば、親父のその父――祖父はどうしたんだっけ。

 

「小立俊弘か?」

 おれしかいないはずの部屋の中で、背後から声をかけられた。振り返ると、いつの間に進入したのか、知らない男が立っていた。二十代半ば、どちらかといえば控えめに見える風貌、穏やかな表情。だが驚きがあったのは一瞬だけだった。もうおれの感情は、砂が穴の空いた袋から漏れだすようにあっという間に消え失せるようになっていた。

「だれだあんた」

「拝島怜司。泉哲朗と花山昌志の関係者だ」

 あの二人に共通する知人がいる? 俄には信じがたかった。

「なんの用だ」

「君が二人を焚きつけたようだからな。どんな人間か興味が沸いた」

 拝島は邪気のない笑顔のままそう言った。

 泉と花山の共通点――おれは必死で頭を回転させた。

「なるほどと思ったよ。泉にも花山にも似ているな、君は」

 泉――犯人のファイルは『昔なじみの推理』と言っていた。

 花山――泉と雑居ビルの男の情報を提供したという『オービットファンの大物』。

「泉が私と出会わなければ、花山が思い詰めなければ、君のようになっていただろうな」

 ひらめき――二人は気付かないうちに情報源を共有していた。

「そうか。あんたがあいつらの情報源だったんだな」

 拝島の笑みが深くなる。

「お前、花山に泉を売ったな」

 その笑みが、続けろと言っている――

「泉に犯人を売ったのもお前だろ」

 拝島はなにも答えない――ただ笑っているだけ。

「あいつらを操って、なにが目的だ? お前があいつらを殺したのか」

「おれは殺しなんてしない。ただ背景に興味があっただけだ」

「背景?」

「裏で糸を引く奴の意図だ。そいつは大きな憎悪を生み出すことが目的に見えた」

 拝島の目に嗜虐心がほの見えた。

「ならおれの同類だ――それで、やる気のあるやつらに情報を流した」

「やつら?」

「花山のような、真相を知りたい、自分で処刑したいってやつらだ」

 頭がくらくらする。この男と話していると、自分が立っていたところからどんどん離れて――流されて――落ちていくように感じた。

「それで、目的は達成したのか」

「ああ。君らが事務所を見張っているのに気付いて、裏口から出てくるところをつかまえたよ。高木泰司――面白い男だ。おれとは違うが、この世を支配する『力』が見えている」

 拝島が哄笑する。

 唐突に祖父を思い出した。祖父は戦争で死んだ――確か、硫黄島で。

 

 おれはゆっくりと机に手を伸ばし、引き出しからナイフ――花山と同じものをネットで買った――を取り出した。拝島に突きつける。

「おれを殺すか?」

 ナイフを突きつけられても拝島の声に一切の動揺は見えなかった。逆に拝島の目に射貫かれる。

「なんのために殺す? 泉か? 花山か? オービットとかいうやつらのためか?」

 手/身体が震える。拝島は笑いながらおれのすぐ横を通り、部屋を出て行った。おれは身動きできなかった。

 拝島が哄笑する。